
大学の夏休みが始まって最初にやったことは、人生で初めてのアフタヌーンティーに行くことだった。
電車に乗って、都会に出る。母と、妹の蘭との3人だった。
アフタヌーンティーでは蘭の指示のもとたくさん写真を撮った。これじゃあまるで、食事よりも写真目当てだなと思う。蘭の中では、実際そうだったのだろう。
せっかくなので、初めてインスタのストーリーに上げてみることにした。自分で上げた癖に、そのストーリーが消えるまで恥ずかしい気持ちに包まれていた。元気に見えるんじゃないかと密かに危惧していた。実際の私は杖を使いながら、何とか歩くことができるくらいの体力だったから。ストーリーに切り取られた今日の私は何だかキラキラして見えて、弁明するように「私はそっち側の人間じゃない」とつい思ってしまう。でもそれはきっと、伝わっていないだろうな、とも。そこまで思うなら上げなければいいのに、投稿した理由は、ただ自慢したかっただけなのかもしれない。醜い承認欲求が自分にもあることに嫌気が差し、それでもSNSで常に「見る側」だった自分が発信していることに少なからず喜びを感じてしまう。
これで、知らないうちに誰かを傷付けたりしていないだろうか。私は画面の向こう側にいる人のことを想った。自分が動けない時にそういう投稿を見て少し悲しくなったことがあるから、同じことをしているような気がした。
でも、今の私の自由は、誰にも奪われるものじゃない。そう言い聞かせた。