
K-POPアイドルグループ、TWICEのライブに行ったのは、8月の下旬だった。2025年から始まったワールドツアーのタイトルは、「THIS IS FOR」という。
弟の葵はONCE(TWICEのファンネーム)だ。私も、ONCEと公言こそできないものの、TWICEの曲はほとんど知っていたし、彼女たちのことは大好きだった。
東京ドーム公演が当選すれば、葵は友達と行く予定だったが、生憎当選したのは名古屋ドーム公演だった。それでも、行けるだけ幸運だっただろうし、彼は心から喜んでいた。ただ葵が唯一納得してくれなかったのは、姉である私とライブに参戦することだった。中学生同士で名古屋まで行ってくれる友達はいなかったのだ。
名古屋に行くのは始めてだった。中学生と病人を名古屋まで旅させることに不安を感じた母は、ライブに行かないのにも関わらずついて来てくれた。3人旅だった。
私たちは事前に購入していたライブTシャツを着て、マフラータオルを巻いた。もちろんTWICEのメンバーは全員好きだったけれど、葵の推しはダヒョンちゃん、私の推しはミナちゃんだった。それぞれのメンバーカラーである、白とミントグリーンのTシャツに身を包む。私は気合を入れて、自分のためだったら絶対に買わないミントグリーンのネイルを買って爪に塗った。そんな私の横で、思春期の葵はいつまでも、「こころちゃんとお揃いかよ。恥ずかし」と嘆いていた。
座席はスタンド席で、辛うじてメンバーの顔が見えるくらいだった。それでも隣の葵は初めて生で見るTWICEに興奮し、他の観客に交じって歓声を上げていた。歓声こそ上げなかったものの、私も女神のような彼女らに見惚れていた。
ライブ中、私は体調と相談し、時折椅子に座りながらステージを見ていた。耳栓をしてもなお、音響はうるさい。けれど大きな音響や、めまいがするほどの人混みを差し引いても見応えのあるステージだった。
ああ、9人のTWICEが見られてよかった。
ライブの帰り道、あまりの疲労に、混雑する駅までの道で、私は蹲って動けなくなってしまった。長い間立っていたから、足が棒のようになって動かない。まるで2本の長い鉄が、腰から伸びているようだった。自分の意思じゃ、全く動かない。私は杖にもたれかかるようにして、時間が過ぎるのを待った。迎えに来てくれるはずの母に電話をするけれど、あまりの人混みに電話が繋がらない。葵は困ったように、隣でウロウロしていた。彼に申し訳ないと思いながらも、動くことができない。
ようやく母に巡り合えたのは、それからしばらく経ってからだった。3人で電車に乗り、ホテルまで向かう。杖を持っていたからか、ふらふらだったからか、他の乗客から座席を譲ってもらった。他人の善意に甘えて、座席に座る。もう歩ける気がしなかった。
駅からホテルまで、母に支えられながら何とか歩き、ベッドに寝転んだ。葵はまだ興奮した様子で、コンビニで買った夜ごはんを食べながらTWICEの魅力について語っている。
私は残りわずかな体力を振り絞って、ごはんを食べてお風呂に入った。そしてそのまま、眠りに落ちた。
名古屋で初めて迎える朝。2日目は新幹線に乗って帰るだけだった。家で待っている家族にお土産を買って、新幹線に乗り込む。
無理かと思ったけれど、周囲の力を借りて、何とか遂行できた旅だった。
翌日からまた数日間寝込むことになったけれど、大好きなTWICEに会えたあの日は、きっと一生忘れることはないだろう。