
ブログを始めることになったきっかけは、深夜の母との会話だった。
不安で眠れない夜。翌日は、妹の高校の体育祭だった。私には楽しめなかった行事を心待ちにする妹を見て、胸がざわざわと不穏な音を立てていた。「大丈夫。私とは、関係のないことだ」と言い聞かせても、夜眠る頃には不安が爆発した。
眠っていた母をわざわざ起こして、リビングに降りた。話をした。
話をして、わかったこと。それは、苦しい思い出に縋ってしまうのは、そんな私を忘れて欲しくないからということだ。場面緘黙症を患って10年。できることが全部できなくなって、陰で泣き続けてきた私の「気付いて欲しい」「見て欲しい」という本心だった。
でも、苦しみながらも苦しいことばかり求めるのは不健全だとわかっていた。まるで、リストカットをする人と同じような心理だ。私の手首に何の傷もないのは、決してそういう世界と無縁だったからじゃない。少しだけ、ほんの少しだけ、世界線が違っただけなのだ。
楽しくしていると、楽しそうにしていると、「ああ、平気なんだな」って思われちゃうから。死んでもそれだけは、思われたくないから。平気なんかじゃ、なかったから。
だから自己肯定感を高めるために、「ブログを始めよう」と母が言った。「これで少しでも認められたら、自信に繋がるんじゃないかな」と。
私は、「病気のことや自分のことなら、いくらでも書きたいことがあるわ!」と思い、いそいそとパソコンを開いた。今まで、声にできなかった言葉は、私の中に山ほど眠っていた。
ブログを書くのは、楽しい作業だった。次から次へと書きたいテーマが浮かんできた。苦しい思い出を綴ることは、過去の自分を救うことと同等だった。完璧主義で、どんなことも長続きしない私が唯一続けられているのは、「言葉を紡ぐ」ことなのかもしれない。