
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、『ユイカ』の「私が選んだもの」。
19歳の私から、お便りが届いています。
ブログを書き始めて、約5か月。
私はこのブログの存在を、高校時代の担任である菊池先生や、養護教諭だった斎藤先生に伝えました。
斎藤先生から感想が送られてきたのは、つい先週のことです。
私のブログをすべて読んだこと、そして、このラジオコーナーで紹介して欲しい曲があると送られてきました。
斎藤先生とは音楽の趣味が似ていて、SEKAI NO OWARIやNiziUについて、高校時代からよく話していました。だから今日は、彼女に勧められたこの曲について書きたいと思います。
『ユイカ』さんは、生まれつき、左目がほとんど見えないそうです。自分が社会的に少数派だと知った時、すごくショックで、「なんで私はこうなんだろう」と思ったことがあったそうです。
私も、社会的に見れば少数派の人間です。「何で私だけ」と思ったことだって、数え切れないほどあります。
『もしも生まれる前に
今世はこんな人生にするって決めていて
顔も声も身長も恋人も
仕事も家族も死に方も
お空で私が決めているとしたら
少しは他人のせいにせずに
生きられる気がするから
楽になる気がするから
私は私に 何を学んでほしくて
何を感じてほしいんだろう』
何で私はこんな人生を生きているんだろう。悲観的にも、客観的にも、そう思うことがあります。でも、これは生まれる前の私が、すべて選んできたものなのかな。そう思い切れないほど、私はたくさんの人に迷惑をかけて生きてきたけれど、それもすべて選択の上だったら。私が選んだこの人生は、私に何をくれるのでしょうか。
『幸せに見えるあの子だって
死にきれず泣いた夜もあって
幸せに見える私も
そんな夜があったよ。』
私と貴方は違うけど、私と貴方は同じなのかもしれない。「誰にも言えないあの日」を、誰もがきっと抱えている。
『貴方が選んだもので生きている
貴方が選んだ武器で戦っている
貴方の譲れないもの、それは何だ?
それが貴方の生きる意味だ。
私は、うたを歌うこと。』
私が選んだもの。
私の譲れないもの、それは何だ?
私は、言葉を紡ぐこと。