こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

救われた音の記憶 #15 『私が選んだもの』

 こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。

このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。

 

 今回のゲストは、『ユイカ』の「私が選んだもの」。

 19歳の私から、お便りが届いています。

 

 ブログを書き始めて、約5か月。

 私はこのブログの存在を、高校時代の担任である菊池先生や、養護教諭だった斎藤先生に伝えました。

 斎藤先生から感想が送られてきたのは、つい先週のことです。

 私のブログをすべて読んだこと、そして、このラジオコーナーで紹介して欲しい曲があると送られてきました。

 斎藤先生とは音楽の趣味が似ていて、SEKAI NO OWARIやNiziUについて、高校時代からよく話していました。だから今日は、彼女に勧められたこの曲について書きたいと思います。

 

 『ユイカ』さんは、生まれつき、左目がほとんど見えないそうです。自分が社会的に少数派だと知った時、すごくショックで、「なんで私はこうなんだろう」と思ったことがあったそうです。

 私も、社会的に見れば少数派の人間です。「何で私だけ」と思ったことだって、数え切れないほどあります。

『もしも生まれる前に

 今世はこんな人生にするって決めていて

 顔も声も身長も恋人も

 仕事も家族も死に方も

 お空で私が決めているとしたら

 

 少しは他人のせいにせずに

 生きられる気がするから

 楽になる気がするから

 私は私に 何を学んでほしくて

 何を感じてほしいんだろう』

 何で私はこんな人生を生きているんだろう。悲観的にも、客観的にも、そう思うことがあります。でも、これは生まれる前の私が、すべて選んできたものなのかな。そう思い切れないほど、私はたくさんの人に迷惑をかけて生きてきたけれど、それもすべて選択の上だったら。私が選んだこの人生は、私に何をくれるのでしょうか。

『幸せに見えるあの子だって

 死にきれず泣いた夜もあって

 幸せに見える私も

 そんな夜があったよ。』

 私と貴方は違うけど、私と貴方は同じなのかもしれない。「誰にも言えないあの日」を、誰もがきっと抱えている。

『貴方が選んだもので生きている

 貴方が選んだ武器で戦っている

 貴方の譲れないもの、それは何だ?

 それが貴方の生きる意味だ。

 私は、うたを歌うこと。』

 私が選んだもの。

 私の譲れないもの、それは何だ?

 

 私は、言葉を紡ぐこと。

 

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