
大学1年生の秋。後期が始まったが、私は大学に行けなかった。
あの地獄のような前期を越えて、夏休みを経てもなお、傷は癒えなかった。体調も整わず、大学のことを考えるだけで、怖くて涙が止まらない。
さて、私は、どうすればいいのだろうか。
そんな路頭に迷っている時に、高校時代の友人、響ちゃんから連絡があったのだ。
『高校の文化祭行くよね?』
大学には行けなかったが、H学園なら行ける気がしていた。だから私は、「行くつもりだよ。まだ一緒に行ってくれる人決まってないけど笑」と返信した。
すると響ちゃんから『同窓会で出店するみたいからグループ入れてもいい?』とメッセージが来た。どうやら、菊池先生が人を集めているらしい。
同窓会は毎年校舎の外でテントを建て、一回100円でくじ引きをやっていた。卒業生らしい大学生たちが接客していたのを思い出す。
そうか、今年から自分はそちら側なのか。
妙に納得しながら、私はその誘いを快諾した。またみんなに会えるのだ。遊びに行くだけでなく、文化祭に主催側として参加できる権利をもらった気がして、心から楽しみだった。
文化祭の前日、お昼から私は準備のためにH学園を訪れた。私の他にはクラスメイトだった男子たちしかいなくて、大学を終えた響ちゃんたちが来るまで私は保健室にいた。
「月島、することないかも」
招集されたものの、学校に着いた途端菊池先生にそう言われたのだ。
最初は養護教諭の斎藤先生や、時折気まぐれに保健室に入って来る先生方とお話ししていたけれど、途中から疲れてしまって、ベッドで休ませてもらっていた。
なぜだろう。ベッドに一人でいると、急に不安に襲われ、呼吸が浅くなった。酸欠で手足が痺れて、関節痛も起きる。きっと小さいパニック発作だった。閉鎖空間が怖いのか、疲れが溜まったからなのか、よくわからない。パニック発作に原因を見つけ出そうとすること自体が間違っているのかもしれない。薬を飲んで、しばらく休むことで、症状は自然と落ち着いた。
合流した響ちゃんたちと、くじ引きの箱を作る。こんな図工の工作みたいなことをやるなんて、ひさしぶりだな。去年の今頃はちょうどうつ病が一番酷かった時で、最後の文化祭はほとんど準備に参加することができなかった。でも、そうか。あれが最後だと思っていたけれど、確かに最後ではあったけれど、本当の意味では最後じゃなかったのかもしれない。だってほら、今年もこうして、私はH学園にいることができている。
作業に没頭し、気付けば、20時を過ぎていた。職員室には、ほとんど先生方の姿が見当たらなくなっていた。
帰り際に響ちゃんたちから夜ごはんに誘ってもらったけれど、体調を優先して帰らせてもらうことにした。本番は明日だ。今日頑張りすぎて倒れたら元も子もない。
去年までに置き忘れたものたちを、今年こそ回収しようと必死だった。