
後期が始まっても、私の大学生活は停滞していた。
履修登録はしたものの、いざ授業がある日の朝になると動けない。今から電車に乗って、大学に向かう。大学に向かう。そのことが、言ってしまえばそのことだけが、涙が出るほど怖くてたまらなかった。
それでも、無情に時間は過ぎていく。私一人だけ動けないまま、夏が終わって、秋が来た。
そんな日々の中で、休学という決断をしたのは、必然的だったように思う。退学するべきか、本気で悩んだ。大学進学を本格的に決めた高校3年生の三者面談の日にうつ病を発症し、受験の準備や新生活への不安と共にうつが悪化する一方だった。私が今抱えている一番の苦しみはうつ病だ。そしてその原因は、間違いなく大学に潜んでいる。だから大学を辞めれば、私は楽になれるのかもしれない。
それでも退学しなかったのは、周囲の反対があったのと、指定校推薦で入学されてもらった分際だったからだ。「辞めたい」「逃げたい」と嘆く私に「逃げていい」と言ってくれていた母だったけれど、退学に関しては賛成してもらえなかった。母だけじゃない。主治医の先生、病院のカウンセラーさん、誰に相談しても答えは同じだった。「こころさんは、きっと大学を辞めたら、所属先を失ったことに不安を感じると思います」という言葉に完全に納得したわけじゃないけれど、正常な判断ができないだろうと自分を信用せずに、周囲の人の言う通りにした。
通学するのは、進むこと。退学するのは、退くこと。休学は、立ち止まることだった。
私は復学できる自信なんて微塵も持たずに、休学の手続きを進めた。休学するためには、大学に行かないといけない。保健室に相談したり、必要な書類を提出したりするために必要な過程だった。そのたびに私は、母について来てもらい、でも門も前で必ず立ち止まって、大学に入る覚悟を決めていた。怖くて、足が動かないのだ。前期にがむしゃらに走り続けた代償が、今やって来ているようだった。私はきっと、無理をしすぎた。無理をするしかなかった。でも、その時に気付かないふりをした傷が、今になって痛み出したのだ。
11月。私は休学届を出して、正式に休学中の学生になった。