
うつ病を発症してからというもの、私は読書ができなくなった。
文字が読めない。何の比喩でもなく、本当に文字が文字として認識できないのだ。こんな意味不明な暗号を、何時間も読み続けることなんてできない。私は、読みかけていたすべての本を栞で閉じた。
幼い頃から友達と遊ぶ代わりに本を開いていた私は、その現実をなかなか受け入れることができなかった。大事な友達を一人失ったような、そんな喪失感を覚えた。
本が読めなくなり、1年が経った。それはつまり、本を読むという選択肢を失ってから、1年が経ったということだ。私は大学を休学中、図書館に行って試しに小説を一冊借りてみることにした。うつ病の症状が徐々に落ち着き始めた今なら、読書ができるかもしれないと思ったのだ。懐かしい図書館の匂い。私は本棚の迷路に迷い込みみながら、魅力的な本を探し出した。本は表紙だけでは、中の姿までわからない。一体この本は、どんな物語を隠し持っているのだろう。
一気にそんなに何冊も読めるとは思えないので、好きな作家さんの新しい本を一冊借りてみた。昔は、一人で図書館に行くこともできずに、いつも家族の誰かについて来てもらっていたことを思い出す。
「貸出でお願いします」
受付でそう言えるようになった私は、一人で勝手に満足感に包まれていた。母や弟の後ろで、ただそれだけの一言が言えない自分を恥じながら、彼らの後ろ姿を見ていたことが何度あっただろう。多くの人にとっては何てことない一言に、大きな幸せを感じていた。
家に帰って、借りて来た本を開いた。1年間のブランクがあったので、ゆっくりとしか文字は読めなかったが、それでも確かに少しずつ、私は物語の中に溺れて行った。ぷかぷかと、本の世界の中で浮かびながら懐かしい感覚に包まれていた。ああ、読書って、こういう感じだった。ただの文字の羅列が美しい物語を生み出す。そんな当たり前のことを、忘れていたのだ。
一冊の本を読み終えた時、確実に自分の時計の針が進んだ気がした。
うつ病になって、たくさんのものを失った。でも、そうしたものたちをこうして、少しずつ取り戻し始めたのだ。取り戻すことが、できるようになったのだ。