
9月の始めに、大学の図書館が主催する創作コンクールに短編小説と詩を応募してみることにした。
小説は書き上げていた長編から抜粋し、詩は中学生の頃から書き溜めたものを手直しして、締め切り当日に送信した。
結果発表の日。私はセカンドオピニオンで新たな病院に行っていた。そこで何かがあったわけじゃないけれど、帰り道ずっと泣いていた。またこの世が敵だらけで、すべての歓びを失った場所だという錯覚がやって来たのだ。
家に帰っても、頭の中は包丁やカッター、はさみなどの刃物類でいっぱいだった。でも、ダメだ、ダメだ。これは錯覚。でも、もし私が死んだら。きっと家に帰って来た家族の誰かが冷たくなった私を発見するだろう。そしてきっと、きっと泣き、取り乱しながら救急車を呼ぶだろう。自分をこれ以上なく傷付けるということは、周りの人もこれ以上なく傷付けるということなのだ。私が死んだら、必ず存在してしまう「第一発見者」。その存在が、私を何とかこの世に繋ぎ止めていた。
ソファに沈んだまま動けない私の手元で、スマホがブーっと鳴った。画面を見てようやく、今日が創作コンクールの結果発表の日だったことを思い出した。結果を知らせるメールが届いたのだ。
何の躊躇いもなくそのメールを開いた。
「あ、選ばれた」
一切の感情も挟まないまま、そう思った。
メールの文面には確かに、詩部門の第一席に私の名と提出した作品名が刻まれていた。
そしてそのまま、スマホを閉じた。
今だから言えることだけれど、何となく選ばれるような気がしていた。そんなに大規模なコンクールではないだろうし、作品には多少なりとも自信があった。だからなのか、それとも体調が最悪だったからなのか、嬉しいという感情すら湧かなかった。
でも、帰宅してきた母に結果を知らせると、「え!」と驚き、「すごいじゃん!こころ!」と思ったより喜んでもらえて、「あ、うん」という曖昧な声しか出なかった。
すごい、ことなのか。
すごい、ことなんだ。
母の感情が移るように、時間を経て喜びが生まれた。
いいことがあった。生きていたから。
あの時に感情に任せて死んでいたら、この喜びには出会えなかったのだ。
生きていれば、きっといいことがある。
ふと、そう思った。それは弱気な自分を鼓舞する言葉ではなく、本当に心から思ったことだった。真っ暗だった道に、微かな光が射しこんだ。自分の力だけで勝ち取った賞。これは、この先も消えない事実だ。
12月の始めに表彰式に参加して、私は人生で初めて自分だけの表彰状を受け取った。