
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、SEKAI NO OWARIの「MAGIC」。
19歳の私から、お便りが届いています。
「こころは、自分に価値がないと思ってるんだね」
小学生の頃でしょうか。母に、そう言われたことがあります。当時の私は「価値」という言葉の意味すら上手く理解できずに、その言葉に曖昧に頷くことしかできなかったのを覚えています。
だから「MAGIC」の歌詞を見た時、母に言われたその言葉を思い出しました。
『君に出会うまで 世の中に希望なんかなくて 自分に価値がないと思っていたんだ』
「MAGIC」は、生きることの素晴らしさを謳ったものでも、生きることの切なさを謳ったものでもありません。ただ、主人公が懸命に生き続ける様子を、美しく描いたものでした。
『僕らの間に命が宿ったとき 君は何とも言えない顔をして笑っていたね
嬉しいのか、悲しいのか
君はこう思っていたんだろう?
「いずれは全て失うのに どうして大切なものが増えていくの?」』
なんて悲しい歌詞なんだろう。私は、いずれすべてなくなるとわかっている今を、愛すことができるだろうか。崩れる未来が待っているとわかり切っているのに、なぜだか、今が永遠に続くような気がしてしまう。それはきっと、自分が未来を直視できない弱い人間なんじゃなくて、今ここにある幸せを少しでも噛み締めようと無意識に考えた方法であるようでした。
でも、生きていても、いいことばかりじゃない。苦しみ抜いた先に見つけた確かな光さえも、この世界は残酷に奪っていく。
この曲の主人公も、そんな「今」を懸命に生きる人でした。
『僕がさ こんなに頑張って生きてきたのに
本当に大切なものさえ失ってしまうんだね
でも僕はさ 知ってるよ
それでも人生は素晴らしいと
生まれてきてよかったと
僕は本当に そう思うんだよ』
いじめに遭って、高校を退学して、閉鎖病棟に入院して、それでも何とか希望を見つけようと生きてきたFukaseさんがこの歌詞を歌う姿は、とても胸を打つものでした。
いじめを受けて、場面緘黙症と社交不安障害を発症して、不登校になって、引きこもりになって、パニック障害を発症して、うつ病になって、入院して、トラウマに苦しみながら、生きてきた私。
この曲を歌っている彼の姿を見ると、そんな私もいつか、「人生は素晴らしい」「生まれてきてよかった」と言えるような気が、少しだけするのです。人生が終わってもいいと思ったほど、底に落ちてしまった私だけれど、きっと私と同じようなところから、這い上がった人はいる。そして今きっと、彼は同士を励ますように、ステージに立っているのだと。
生きていたら必ず何かいいことがある。
当たり前のことかもしれないけれど、今の私はそんなことすら忘れてしまっていました。
生きていたら、必ず何かいいことがある。
「MAGIC」は、それを思い出させてくれた曲でした。不確かな未来を信じる力をくれました。