こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

救われた音の記憶 #18 『夜明けをくちずさめたら』

 こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。

このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。

 

 今回のゲストは、上白石萌音の「夜明けをくちずさめたら」。

 19歳の私から、お便りが届いています。

 

 うつ病の症状で眠れない夜に、私はこの曲を再生します。

 眠れない夜は、いつもに増して孤独が押し寄せます。そんな夜に一人で聴くこの曲は、真っ暗な夜空に浮かぶ星のように、そっと私のそばにいてくれました。

『誰もがひとりぼっち やりきれないほど

 悲しみがあって でも笑いたくて

 悔しさにもたれて 見上げた夜空にくちずさむ』

『きみは月を見てる 涙に負けないように

 誰かの手に愛がやどること 願っているんだ そうだろ

 ぼくも月を見てる きみとおなじ月を

 寂しさこそぼくらのきずなさ

 夜明けはきっと来るから』

 私にとっての夜明けとは、太陽が昇る、その瞬間のことじゃなかったんです。

 例えば無理なく眠れる夜が来るとか、心から笑える瞬間が来るとか。

 そんな「夜明け」を信じて、夜空を見上げていました。

 夜明けは、きっと来るから。

 自分でも不思議なんです。字面だけでは「そんな簡単にいかないよ」と思ってしまう捻くれた私も、その言葉がメロディーと共に訪れたら、自然と頷くことができました。

『それはもうきれいごとだと 嗤うひとたちの言葉に敗れて

 分かち合うことをあきらめたりしない

 誰かを傷つけたくない

 

 どうかもう震えるその手を

 自分で責めたりしないで お願い

 みんな みんな 愛されたいと 言えずに生きている』

 不安から震える自分の手に向かって、私は責めるような言葉しかかけたことがありませんでした。

「何で止まらないの」「ちゃんとして」「変だ、こんなの」

 だからこの歌詞を聴いた時、そんな自分を見透かされたような気持ちになりました。

 震え出す自分の手を見た時、「なんで」と思いかけた私は、この歌詞を思い出して、上白石さんの絞り出すような「お願い」という声を思い出して、責める代わりに、そっと手を握ってみるのでした。

 

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