
母は第1子である兄を大きな病院で産んだ後、第2子以降の私たちを同じ助産院で産んだ。
その助産院では、夫である父はもちろん、子供たちも出産に立ち会うのが当たり前だった。
妹の蘭が生まれた時のことは幼すぎて覚えていないのだけれど、弟の葵が生まれた日のことは覚えている。早朝、私たちきょうだいは、父に叩き起こされた。「もうすぐ生まれるよ」と言われたような気がするけれど、眠気の方が圧倒的に勝って、幼い私たちは不機嫌だったと思う。
父が2歳になったばかりの蘭を着替えさせている間、私と兄は母が用意した服に着替えた。その後急いで車に乗って、助産院に向かった。そこでは既に母が陣痛に耐えていた。
第4子なので、葵は数十分で出て来た。先人である私たちが広げた産道を、大した時間もかけず抜けて来た。スピード安産だった。
彼がこの世に誕生した瞬間は、一枚の画像のようになって今でも私の中に残っている。人の中から、人の頭が出て来たのだ。幼いながら、衝撃的だったのだろう。
あれから成長して、私が小学4年生になった頃だろうか。理科の授業で、命の誕生について習ったことがあった。先生が教室にテレビを持ってきて、出産シーンを映す。その時、後ろの方からクラスメイトの声がした。
「やだ、気持ち悪い」
え、と思って、でも振り向くことができなかった。テレビでは、生まれてきた赤ちゃんが映されているところだった。白いへその緒がお腹から伸びている。背後のクラスメイトは、そのへその緒を見て、「気持ち悪い」と言ったようだった。
強がりでも何でもなく、私はその出産シーンに大した感情を持っていなかった。だって本物を、この目で見たことが2回もあるのだ。1回目は記憶がないとはいえ、新生児が産道を抜けて出て来るのも、生まれてきたばかりの体が真っ赤なのも、白いへその緒が巻き付いているのも、常識だと思っていた。だからクラスメイトの嫌悪感に、驚きを隠すことができなかった。
この世に、命の誕生に立ち会ったことがある人はどれほどいるのだろうか。へその緒を見て「気持ち悪い」と口にしたクラスメイトは一人っ子だったから、あれは悪意のない素直な感想だったのだと思う。彼女のことを否定するつもりは毛頭ないけれど、私は少なくとも、幼いあの日に命の誕生に立ち会うことができて、本当によかったと思っている。