こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

スノードームの中の軽井沢

 一般的な家庭がどうなのかはわからないが、我が家の場合、新生児が生まれるとその他のきょうだいは父方の祖父母の家に預けられるのがルールだった。

 命の誕生を見届けて、父の運転する車に乗り祖父母の家がある軽井沢に行く。私たちを送り届けた父はそのまま、車を走らせて家へと戻る。

 祖父母の家は好きだった。車に4時間も乗る長旅も好きだったし、広い家もワクワクしたし、暮らしも習慣も違う土地は面白かった。

 2人暮らしの祖父母の家は広い。開放的なリビングと昔ながらの和室。2階も合わせて洋室が4つ。それだけ聞くとそこまで広いように感じないが、祖父母の家は庭が魅力的だった。

 庭は余裕でもう一軒家が建つくらいに広くて、奥の方には小さな小屋があった。何本もの木が生えていて、冬に行けばゴロゴロと栗が落ちていた。雪が降ればいつまででも遊べたし、年末に行くと祖父がイルミネーションの飾りつけをしてくれた時もあった。

 あの庭の楽しみは冬だけではない。夏休みに遊びに行った時は必ずハンモックを用意してくれて、自然の中で昼寝ができた。プールに置いてあるようなテーブルとイスを持ってきていとこ家族も交えてバーベキューをやるのも定番だった。

 もう一つ魅力的なポイントは、リビングにある暖炉。

 弟が生まれた時には、暖炉の上に鍋を置いてクリームシチューを作った記憶がある。中で炎が弾ける様子は、見ていて飽きなかった。煙突から煙が出ている様子も、絵本の中のようで嬉しかったのを覚えている。

 スーパーまでは車で何分もかかったり、近所の人から野菜を分けてもらったり、最寄り駅はほとんど人がいなかったり、正月になると獅子舞がやって来たりと、ここでは味わえない体験を山ほどした。スケートにもスキーにも連れて行ってもらった。もう祖父母は軽井沢から引っ越して近くに住んでいるが、あの家は、私の記憶から消えることはないだろう。軽井沢で過ごした時間は、スノードームに閉じ込められたみたいに色褪せないまま、私の中に残っている。