
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、SUPER BEAVERの「ひとりで生きていたならば」。
19歳の私から、お便りが届いています。
『自分自身を 諦めそうなときに
思い浮かぶ 人と 想いと記憶と
ともに 心の底から笑い合うんだ
それだけ 譲らずに こだわっていくよ』
自分自身を諦めそうだった時。私の脳裏をよぎったのは、家族や友人たちでした。私がもし、ここから消えたら、涙を奪ってしまうであろう人たち。その人たちに涙を流させないためだけに、私は踏ん張り続けました。
そんな時、遠い記憶を呼び戻すのです。楽しくて、嬉しくて、幸せだった。その瞬間を思い出して、私にそんな感情を与えてくれた人たちを悲しませるものかと自分を奮い立たせました。そしてまたいつか、笑い合える日を夢見て。
『僕ひとりの話ならば こんな気持ちにならなかった
僕ひとりの話ならば いくつ誤魔化しても良かった
ひとりで生きていたならば ひとりで生きていないから
予想を遥かに超えていく 嬉しさを知っているのさ』
『ひとりで生きていたならば こんな気持ちにならなかった
ひとりで生きていたならば 理不尽も許せたかもな
ひとりで生きていたならば ひとりで生きていないから
愛しさ込み上げるほどの「大切」に出会えたんじゃないか
こだわって生きると 今一度 言い切るよ
原動力はずっと ひとりで生きていないこと』
ひとりで生きていたならば、私はきっと、生きるのをとっくに諦めていました。
人は弱くて、寂しい生き物です。
でも、それでいいのかもしれないと、この曲を聴いて思いました。
弱いから、私たちは他人との繋がりを求めます。人と人との関係を築いて、愛を伝え合って生きていくのだろうと、私はそう思います。
弱いから、私たちは支え合える。
ひとりで生きていないこと。
それが何よりも、私を強くさせるのでしょう。