私は生まれつき一重瞼だ。二重瞼の母と、一重瞼の父から生まれた結果、私たち4人きょうだいは、見事に全員父の遺伝子を受け継いだ。
世間的に、二重瞼は美人であることの条件であるように感じる。だってテレビを観れば、出て来る女優さんは見事に全員二重瞼。雑誌で見るモデルさんも、私の好きなアイドルも、みんな二重瞼だ。
だから自分はどうあがいても美人にはなれないのだと、幼い私は思い知った。母は成長と共に二重になったのだと教えてくれたが、19歳の現在、私の瞼は未だに形を変えようとする気はなさそうだ。
幸いなことに、というべきか、世界にはアイプチとか、整形とか、一重瞼の人が二重に変身する方法はたくさんある。妹の蘭は、高校に入学した時から毎朝アイプチで二重を作り続けた結果、一年ちょっとで自然の二重瞼を手に入れた。
もし二重に憧れがあるのなら、19歳になんてなる前に、そういうことを試せばいい。でも私がそうしなかったのは、いわば諦めだ。
自分が普通じゃないことは、幼い頃から無意識のうちに思い込んで来たものだった。最初こそ「普通にならなきゃ」と気張っていた私だったが、成長するにつれ、「もういいや」と思うようになった。それは後ろ向きな絶望ではなく、前向きな諦めだった。
「私、どうせみんなと違うなら、そんな『みんなと違う自分』を極めてみたらいいんじゃない?」
そう思った。
一般的に言う「美人」はきっと、お肌が白くて、鼻が高くて、歯並びが綺麗で、唇がぷるぷるで、目が大きい人のことを指す。
でも、その顔になったところで何だ。誰かが決めた美の基準に合わせるくらいなら、生まれ持ったこの顔を生かせるメイクや髪色を研究すればいいんじゃないか。その方が、自分が好きな自分になれるような気がした。だってこの世界に私は、私だけしかいないんだから。
目は小さいし、左右の形も異なる。かわいい子の隣に並ぶと、自分の目の小ささに驚くこともある。
でも笑う時にくしゃっとなる目も、そう悪いものじゃない。
そして私が思うに、自分を最終的に一番綺麗に見せるのは自信だ。
鏡に映った自分と今日も向き合う。そして思うのだった。
私は、この一重と生きていく。