こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

もし、あのまま歩いていたら

 考えることがある。

 私は小学生の頃から、不登校児だった。中学校も高校も大学も、必ずどこかで行けなくなる時期がある。

 私の幼馴染は、どうしてだか優秀な子ばかりで、偏差値の高い大学に進学した人もいるし、プロスポーツ選手になった人もいる。

 彼らの近況を聞くたびに、自分と比べられずにはいられなかった。

 同じスタートラインに立っていたはずの彼らは、今やもう、手の届かない存在になってしまった。

 私は別に、不登校になったことを後悔しているわけじゃない。もし不登校じゃなければ、私はH学園に進学することもなかっただろうし、そうしたら、大切な友人や先生方にも出逢えなかった。だから自分の選択を後悔しているわけじゃない。

 ただ、考えることがあるのだ。

 中学生の頃、頑張れなかった約2年半の間、もし私も、みんなと同じように頑張れていたら。勉強に励み、部活動に明け暮れ、学校生活を送れていたら。今はどう変わっただろうか。

 私は中学生の頃、まだ学校に通えていた頃、受けたテストの結果は上出来だった。中学校のテストは小学校のとは違う、もっとレベルの高いものだということは兄の影響で知っていた。だから必死で勉強して、満点が取れた教科もあった。中学1年生前期の成績を4人きょうだいで比べると、私が一番上だった。母はそのテストを見て思ったという。「これなら、優よりもレベルの高い高校に行けるかもしれない」と。両親は学歴厨ではないし、きょうだいと比べられたこともないし、私の学校を批判されたこともない。けれど、期待に沿えなかったと思うと、申し訳なくなるのだ。同時に、知りたかった。私は、諦めずに努力し続けたら、一体どこまで登り詰めることができたのだろうかと。勉強だけじゃない。スポーツだって、楽器だって、私は病気もなく弛まず努力すれば、どんな景色が見えたのだろうかと。

 結局私は、偏差値すらない通信制高校に進学した。そうするしか選択がなかった。

 そのH学園では、3年生の途中でうつ病を発症するまで、成績は上位の方だった。それでも、やはり全日制の高校とはカリキュラムが違う。私はテストで満点を取っても、期末の成績表がオール5でも、どこかで劣等感を覚えていた。

 きっと私は、同い年の、全日制に進んだ彼らと比べれば、学力が低い。場面緘黙症の影響で書道も全然上手く書けなかったし、体育もできなかったし、英語も喋れなかった。それでも必死に集めていた知識さえ、うつ病になって砕け散った。

 比べるべきじゃない。私には私の生き方がある。

「こころは、その分病気と闘ってる。それってすごいことだよ」

 母はよくそう言ってくれる。

 今私が経験していること。それが何にも代えがたい経験なのも、何となくわかっている。ただ、目に見える結果が、私にはないのだ。それだけのことが、いつまでも、私の自信を奪っていく。

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