
私は、9年近く日記を書き続けている。
始めは、誰にも言えない感情や葛藤を吐き出す場が必要だと無意識に考え、ノートに縋った。私が偽ることなく正直に自分の気持ちを話せるのは、「紙」だけだったのだ。
あれから、数年が経った。義務でもない日記をこんなに長年書き続けられているのは、今でも「紙」が私の親友であり、理解者でいてくれるからだ。
「ねえ、今日こんなことがあったの。聴いてくれない?」
自分の気持ちを整理しながら、ノートにそう話しかける。
ある時、数年分の日記を振り返っていた。それを読んで思ったのだ。
日記というのは不思議なものだ。その日その時のその感情が、何年か後にこうして映し出されることがある。もう終わったことも、永遠の課題も。いつか、これを読んでいるのが自分でも、自分じゃなくてもいいんじゃないかと。
私は日記を書く時、毎日つけることも、期限も、分量も、特に決めていなかった。ただ一つだけどうしても譲れないのは、手書きで日記をつけるということだ。その時の感情や状態が、筆跡には強く出る。焦っている時や言葉が溢れ出して止まらない時は殴り書きのようになっているし、気分がいい時は安定した文字を書いている。だから、どんなに腕が痛くなっても、面倒でも、手書きで日記をつけることだけは重要視していた。
その時の感情をこうしてここに記し、閉じ込めておくことができるって、すごいことだと思う。どれほど時間が経っても、今のこの一瞬が永遠にここに刻まれるのだから。