
うつ病の当事者として、今の社会に思うことがある。
うつ病は、その症状を多少誤解されているのではないかと。
「俺、マジ鬱」
そういう言葉をよく聞く。
鬱=「だるい」「面倒くさい」。そんなニュアンスが広まっているからこそ、簡単にそんな言葉を口にして欲しくないと思う。
実際、私もうつ病を患う前は、「うつ病ってあれでしょ?気分が落ち込んで、死にたくなったりする病気でしょ?」と思っていた。うつ病を説明される時に使われる画像などは、人が真っ暗な部屋の中で頭を抱えていたり、座り込んでいたりするものが多い。
うつ病になってから、そういう画像を見て思った。
これは、リアルじゃない。
一番症状が酷かった時は、座ることもできなかった。一日中、それが何か月も、場合によっては何年も、ベッドの中から抜け出せずに、光の見えない世界を生き続けなければならない。
うつ病は甘えでも怠けでもなく、大袈裟でも冗談でもなく、本当に動けなくなる病気なのだ。ベッドから起き上がれない。トイレにすら行けない。お風呂なんて入れるわけがない。実際に経験した私もなぜそうなってしまうのか理解できなかったから、きっと経験したことがない人が理解するのは不可能に近いと思う。
うつ病は動けないだけじゃない。気分の落ち込みも伴うものだが、それも「気分の落ち込み」なんて言葉では片付けたくないほどに抗えないものだった。
テストの点が悪かった。友達と喧嘩した。仕事で怒られた。気分が落ち込むことは、生きていれば誰だってあるだろう。打たれ弱い私も、今までの人生の中で何度も落ち込み、泣いて、自暴自棄にすらなった。
でもうつ病の気分の落ち込みは、次元が違った。自分の中だけでは収まらずに、叫び続け、たくさんの薬を飲んで鎮静させないと生き延びられないほどに。例えるのがすごく難しいのだけれど、とにかく自分の力でどうこうできるものじゃない。死神が乗り移っているようで、思考、行動、感情、意欲、私の中にあるものを、すべて奪っていく。残ったのは、死んで欲しい自分と、果てしない絶望だけ。そんな世界で生きていくことが嫌になるなんて、言うまでもないと思う。
うつ病は日常的な感情の延長線上にあるような病気じゃない。これからもいくつもの困難に直面していくであろう私だけれど、もうあれ以上の苦しみはこの世にないと本気で思うほど、生き地獄だった。あの日々を生き抜いたことが奇跡だとまで思う。
うつ病は、人によっては命懸けの病気なのだ。
それなのに、どこか軽視されがちである。体の病気と同じで、気合や根性でよくなるものではない。家の中でだらけて、安らかに眠っているわけじゃない。生死の狭間を悶え苦しみながら生きているのだ。
私は、ただ悔しかった。自分の過去を否定されるのも悔しいけれど、同時に、これから同じような苦しみに遭う人たちが、あんな扱いを受けると思うと、今から悔しくてたまらないのだ。