こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

特別じゃなくてもいい

 ある日、カップラーメンを食べていて思った。

 美味しい。

 あ、これは言うまでもない話だが、大事なのはそこじゃなくて。

 私はラーメンが大好きだ。人気店に並んで食べたこともあるし、病院の帰りにご褒美としてコンビニでラーメンを買ったこともあった。そのすべてが好きだった。

 でも、この安くて、いつ誰が食べるかわからないようなカップラーメンも、私は好きなんだな。

 

「優しい言葉は、たとえ簡単な言葉でも、ずっとずっと心にこだまする」

 これは、マザーテレサの名言だ。

 その言葉を、急に思い出した。

 そうか。大切なのは、特出したものばかりじゃない。

 

 どこかで私は、自分の書く文章が平凡ではないかと恐れていた。

 一丁前にブログを書けるほど、作家を夢見ることができるほど、私には特出した文章力はないんじゃないか。

 どんでん返しの衝撃展開も、難解なミステリーも、私には書けないけれど、だからといって自分を悲観する必要はないんじゃないか。きっと私が書くべきものは、今までの経験を基にした言葉だ。誰にも真似することのできない私だけの「何か」が、そこには無意識に隠れているはずだから。

 私は人間だ。母親の胎内で細胞分裂を繰り返して生まれ、小さな体と心を少しずつ成長させて、痛みも喜びも一身に受けて、今日までこうして生きてきた。

 人にはそれぞれ好きなものと嫌いなものがあるように――そう、私がラーメンを好きなように、個性があるのだ。細い麺が好きな人も、太い麺が好きな人も、濃い味が好きな人も、薄い味が好きな人も、そのすべてが好きな人もいる。

 誰かを羨んで、理想としても、無理に演じる必要はない。

 簡単な文章で構わないのだ。

 きっと私が書くべきなのは、それ以上に優しい言葉なのだから。