
10年以上抱えていた、場面緘黙症がほとんど完治した。
高校で声を出す練習を始め、そのまま時間に流され大学生になった。確実に良くなってはいるものの、逆にうつ病やパニック障害が悪化したり、後遺症のように声が出ない瞬間が訪れたり、簡単な道のりではなかったし、今もまだ旅路の途中だ。それでも、頑張れば普通の人と遜色ない程度にまで回復できた。
私はまるで生まれてからずっと高い塔の中に閉じ込められていたプリンセスのように、みんなの「当たり前」に出会うたび、「これが自由なのね!」といちいち感動を覚えるのだった。
例えば、お買い物に行ったら、自分でお会計ができる。
「ポイントカードをお持ちですか?」
「レジ袋はお付けしますか?」
そんな質問に怯える心配もいらない。
「こんなの、生まれて初めてー!」
そう両手を広げて、街中を走り回りたい。
だってもう、白い目で見られることもない。変な空気に陥れてしまうこともない。透明人間でもないのだ。
母と一緒に街を歩いていると、必ずと言っていいほど彼女の知り合いに会う。仕事やPTA、市の役員など、顔が広い母には、知り合いがたくさんいるのだ。「あ、月島さん」とこちらに手を挙げる知らない大人に向かって、私は笑顔で「こんにちは」と言えるようになった。隣の母を見て、密かに思う。こんな娘なら、恥ずかしくない?――もう、謝らなくてもいいよね。
ようやく自由な世界に放たれた私は今、泣きそうなほどに嬉しいのだ。
自分の意思で声が出なかった。それがいかに私の人生を邪魔していたのかが、自由になってからよくわかった。
私が怖がっていた世界は、思ったより怖くなかった。私が怖がっていたのはこの世界じゃなくて、この世界に適応できなかった自分だ。適応させてくれなかった病気だ。
昔、思っていた。
私の「理想」は誰かの「普通」で、私の「普通」は誰かの「甘え」。
その「理想」が、「普通」になったのだ。今になって、過去の私は決して甘えていたわけじゃないと断言できる。でも、ひとたび外に出れば、一人でできることはほとんどなかった。現実を悲観し、自信を失うのも当然のことだったと思う。
「理想」が「普通」になった。でも、最初から持っていた「普通」じゃなかったから、その幸せをよく知っている。
私をこの自由な世界に導いてくれた家族、友人、先生方、そして他でもない自分自身に、心から感謝を述べたい。
ありがとう。
私は今、この世界で生きることができて、本当に嬉しい。