
家族には何年もずっと、私の「口」になってもらっていた。
飲食店で注文をする時も、服屋で店員さんに話しかけられる時も、学校とのやり取りも、宅急便や電話の対応も。10年以上そうだったから、もはや私が口を開く、他人とやり取りをするなんて選択肢は、私はもちろん、家族の中にもあってないようなものだった。
「こころは話せないから」
誰かがストレートにそう言ったことはないけれど、それはいつからか私たち家族の中に自然と共有されていた常識だった。
だが、そんな私が場面緘黙症を克服し始めた。
つまり、家族以外との他人とも、話せるようになったということだ。
家を訪ねて来た宅急便にも対応できた。受け取った荷物を抱えて嬉々として家に戻ると、常に口が悪い弟でさえも、「え、マジで?成長じゃん」と褒めてくれた。
そんな私は今、必死に言語を勉強している。
元々、日本語は好きだった。書くことも読むことも。漢字検定も何度も受けていたが、うつ病になって漢字からは離れてしまった。でも、もう少し余裕が生まれれば、また挑戦したいと思っている。
あとは英語と韓国語。英語は小学生の頃から授業があったが、それは小学生向きの、音楽に合わせて英語で歌ったり、踊ったりするものだった。フレンドリーな外国人の先生も苦手で、場面緘黙症の私にとって英語の時間は苦痛以外の何ものでもなく、英語の授業がある日はほとんどすべて欠席していた。
中学生になっても、やはり言語を学ぶためにはコミュニケーションが伴う。頑張って話しても小さな声しか出せない私は、英語を学ぶことより声を出す不安の方にばかり気持ちが傾いて、いつしか英語自体が嫌いになっていた。
韓国語に出会ったのは、高校の希望者が受けられるオンライン授業だった。授業表を見た母が、「韓国語とか受けてみたら?好きだと思うよ」と言った。正直、私は納得しなかった。
「英語も苦手なんだよ。韓国語なんてあんな、暗号みたいな言語、私にできるの?」
そう思ったけれど、結局他にすることもなかったので、軽い気持ちで受けてみた。
他言語を、初めて面白いと思えた。日本語と文法がほぼ一緒だったからなのか、オンラインで声も顔も出さなくていい授業だったからなのか、理由はよくわからない。でもとにかく、韓国語を学ぶのは楽しかった。テストも何もないけれど、私は独学で韓国語の勉強を進めた。
英語に心を寄せられたのは、最近のことだ。ふと、自分の英語能力の低さに危機を感じて――以前なら「それでもいいや」と思っていただろうけれど、気が付いたのだ。「私、苦手だったのは英語じゃなくて、しゃべることだったんだ」と。
他言語を話せるようになることは、その分たくさんの人と直接コミュニケーションが取れるということ。場面緘黙症を克服した今の私に、それを怖がる必要は全くなかった。
同じ言語を使う人たちとすら、話せなかった。その経験があるから、コミュニケーションを取れる幸せを人一倍わかっている。
そしていつか、家族で韓国旅行に行きたい。韓国語がわからない家族の代わりに、私が通訳したい。
今度は私が、彼らの「口」になりたい。
それが、今の夢なのだ。