
場面緘黙症がよくなっていく一方で、パニック障害は悪化していった。こちらがよくなったと思えば、今度はこちらが悪くなる。一進一退だ。
ダンスサークル見学の後にパニック発作を起こしてからというもの、私は電車に乗るのが怖くなった。
病院に行くため、母と2人で電車に乗っている時、途中から息ができなくなり、パニック発作を起こした。そんなことが日常的になっていた。
駅のホームに降りた私は、母に支えられる形で自動販売機の影まで移動した。
過呼吸になったまま、頭を抱えた。まるで溺れているようで、息ができない。
「ああ」
口から苦しみが漏れる。気が狂いそうだった。
苦しい。
「何か食べよう。お薬飲もう」
「……無理、無理」
母の提案にひたすら首を振る。今無理にでも何かを口にしたら、すべて吐き出してしまいそうだった。
電車に乗るたび、私はそうして発作を起こしてしまう。
それは、「移動する自由」を失っていく始まりだった。
また別の日には、借りたい本があって、父と共に図書館を訪れた。
広い図書館の中で、目当ての本を探し出す。父の力も借りて、無事目当ての本には巡り合うことができたが、せっかく来たので、他の本も借りていくことにした。
うつ病。トラウマ。パニック障害。今私が悩んでいる症状の本をいくつか手に取った。重い本を抱えて、他にも何か小説でも借りようか……と悩んでいた時だった。
天井まである高い本棚の前で、私は急に息苦しさに襲われた。考えれば考えるほど、図書館の閉鎖的な空間と、人がたくさんいるのに静まり返った環境が私の正気を奪っていく。そこに、何も怖いことなんてない。そんなことはわかり切っていた。今こうして、冷静になってみれば、何が怖かったのかなんて思い出せない。でもその時の私は、正常な呼吸をすることさえできない恐怖の中にいた。
図書館の中を興味なさげに練り歩いていた父が、本棚の影で座り込んでいる私を発見する。「大丈夫?」という彼の声に、ちょうど持っていたパニック障害の本を取り出して、指差した。
「私、今、これ。私、今、パニック発作」
出せない声に代わる訴えだった。それを理解したのかしていないのかわからないが、父は椅子のあるところまで私を連れて行き、しばらく休ませてくれた。彼の前でパニック発作を起こしたことはなかったから、きっとびっくりさせちゃったな。
手足の痺れがようやく止まるまで、数十分かかった。
車で来ていたのが不幸中の幸いだった。きっとバスで来ていたら、怖くて帰れなかったかもしれない。私は車内で倒れ込むように目を閉じた。
図書館は大好きだったのに。車の中で項垂れるように思った。図書館に行けばいつだってワクワクして、ずっとここにいたいと思えるような数少ない場所だった。それなのに、何で。安心できるはずの場所さえ、怖い場所に変わっていく。
行事や、特別緊張が高まる時にしかやって来なかったパニック発作が、日常的に訪れるようになった。飛行機でも美容室でも、発作を起こし、やがてその場所に行くこと自体が怖くなっていた。
それはつまり、私の居場所が徐々に削られていくことを意味していたのだ。
私の世界は、少しずつ狭くなっていった。