
私の母は車の免許を持っている。だがしかし、彼女は運転が大の苦手だ。そのため、もうここ10年以上、彼女は一度もハンドルを握っていなかった。
そんな母が、先日十数年ぶりに運転をした。きっかけは、私のパニック障害が悪化したことだった。大学に復学したものの、「電車が怖い」と嘆く私を見て、「送迎できれば」と思ってくれたらしい。
どこまでも好みや意見が合致しない両親は、当然のごとく車の趣味も異なる。大きくて強そうな外車っぽい雰囲気を好む父と、小さくて小回りの利く、運転のしやすさを重視する母。でも結局、父の車愛と母の運転手離脱を理由に、数年前、より大きな車を買った。
車が大きいから母が運転しなくなったのか、母が運転しないのをいいことに車が大きくなったのか、どちらが先なのかはわからない。ただ、ここ10年以上はずっと、我が家の運転手は父一人だった。母が運転するなんて、誰も想像すらしていなかったはずだ。
その母が、運転した。正直ブレーキとアクセルを確認する姿は後ろから眺めていて不安だったが、思いの外危険は感じなかった。運転したと言っても、家から近くのコンビニまでくらいの距離なのだが、車庫から車を出し、道を走り、駐車場に停める。免許を持っていない私からしてみれば、それだけで特別な技術を持っているような気がした。
「でも大学まではまだ無理だな」
母はそう笑っていたけれど、大きな不自由もないのに私のために、10年以上ぶりに運転に足を踏み出してくれたこと自体が嬉しかった。
人の命を預かり、置き去りにできない鉄の塊を運転する勇気は、私にはないから。
だからここで密かにお祝いをする。
お母さん。運転再デビューおめでとう。