こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

トラウマとフラッシュバック

 沖縄の思い出を消化するべく、トラウマにフォーカスしたカウンセリングを始めた。沖縄戦の恐怖や、修学旅行の苦しみを病院で涙ながらに語った。

 私は、本来客観視だけしていればいいものを、主観に置き換えてしまう癖があるらしい。洞察力、観察力の高さがそうさせているのだと、病院では言われた。

 

 定期的に、何らかのきっかけに触発されて、私はフラッシュバックを起こす。授業中に出た沖縄の話題も、駅前にあるソーキそば屋さんも、スーパーの沖縄フェアも、すべてがダメだった。だからテレビも見られない。

 フラッシュバックと聞いて、一体どんなものか想像できる人はどれほどいるだろうか。私の場合、見ていた景色や音や温度が、ビデオカメラのように蘇る。例えば、三線の音。エイサーショーで見た、和太鼓の音。真冬なのに暑い太陽。一瞬で私は、二年前のあの日に戻ってしまう。

 逃げられない。全身に嫌悪感から来る鳥肌が立つ。頭を抱える。自然と涙が溢れて来る。私、どこかが壊れちゃったみたいだ。

 フラッシュバックが起きた後は、しばらくずっと調子が悪い。そこからうつに繋がってしまう日もある。

 申し訳なくてしょうがない。本来楽しい思い出になるはずだった修学旅行を、こんなにも引きずってしまうなんて。一緒に過ごせた時間は本当に宝物だと思っているのに、こんな気持ちになってしまう自分が申し訳なくて、高校時代の人たちにはこのことを言えない。あなたたちと過ごしたからこうなったわけじゃない。誰も悪くない。ただ私は、ちょっと無理をしすぎただけなんだ。

 

 妹の蘭が高校2年生になった。

 蘭の高校でも、修学旅行先は沖縄だ。

 蘭が修学旅行に行っている間、私は毎日泣いていた。時計を見て、「今頃何してるんだろう」と思うたびに、自分が沖縄との接点を作ってしまう。蘭が帰って来る日は、まるで沖縄が我が家に突撃してくるようで、怖くてたまらなかった。

 もう何も見たくない。何も、見たくない。

 沖縄に関するもの。彼女が持って帰ってくるであろうもの。紅芋タルトとか、シーサーとか、思い出話とか。旅を楽しんで来た彼女に、土産話をするなと言うのは酷だ。だから蘭が帰って来る日は、私は早いうちに部屋にこもってしまおうと思っていた。

 それでも。

「どうしよう」

 平日の昼間。大学を休学中の私は、リビングに蹲って泣いていた。

「怖い。怖いよ」

 隣でパソコンを開き、仕事をしていた母が手を止めて言う。

「あの日々を、よく耐えた」

 母は泣き止まない私を抱きしめて言った。

「もう一生分の苦労をしたから、あとは幸せになるだけだよ」