
私は中学生の約3年間、引きこもり生活を送っていた。故意的なものではなかった。場面緘黙症で学校に行けなくなり、視線恐怖に怯える私が安心していられる場所は、もう家しか残っていなかったのだ。
林間学校も、合唱コンクールも、文化発表会も、修学旅行も行けなかった。経験できたはずの青春をすべて諦めた。
でも、決して失ったものばかりじゃなかった。
引きこもり生活がくれたもの。
それはダンスだ。
当時外にも出られなくなった私は、動けないながら危機感を抱いていた。このままじゃいけない。でも、どうすればいいのかわからない。フリースクールに通うどころか、お散歩に行くことすらできない。
家から一歩も動かず、勉強もせず、変わり映えのない日常で、一つだけ変わって行くのは体重だった。小学生の頃も、まだ中学校に通えていた頃も、体育や部活をしていたから、自分は運動不足とは無縁だと思っていた。でも今や、走り方さえ正確に思い出せない。
家の中でもできる運動。自分なりに必死に考えて、見つけ出したのがダンスだった。とはいっても、ダンススクールに通えるはずもなく、ただ自分の部屋でこそこそと、動画を見ながらアイドルのダンスを真似した。
最初こそ義務感で始めたダンスだったけれど、だんだん好きになっていった。自分はダンスが下手だし苦手だと、どこかで決めつけていた部分があったのだ。それは小学校の運動会で踊った義務的なダンスが苦手だったという記憶が根底にあるのかもしれない。
私は踊り続けた。実は、舞台に立つのがずっと前からの夢だった。スポットライトを浴びて、たくさんの人の前で、堂々と何かを披露してみたかった。
場面緘黙症の私は悲観的で、その気持ちに薄々気付いていながらも、「だって現実的に無理だよ」と諦めていた。目の前の事実を見れば、それが正しかったのだ。
でも、私はずっと動きたかったんだ。本当の私は、こっちの方だった。場面緘黙症が制御していた自分はもういない。
この自分の体を目いっぱい使って、何かを表現できることが、今は本当に楽しい。
あの引きこもり生活は、私の味方ではなかった。外にすら一人で出られない自分を恥じ、憎み、自信を失う根源だった。
時は流れ、私の中の引きこもりは自然と去って行った。
ただ、あの引きこもり生活は一つだけ、ダンスというプレゼントを残してくれたのだ。
私は大学2年生の春、復学と同時に、ダンスサークルに入った。
第一印象が最悪だったダンスを、ここまで好きになれるとは思わなかった。