
最近、パニック障害が悪化してわかったことがある。
高校生の時、定期的に私を襲った、正体不明の「何か」。あれは、パニック発作だったのだと。
ただ厄介なことに、あれは場面緘黙の症状下で起こったパニック発作だったのだ。
私は、場面緘黙症の二次障害でパニック障害を発症した。数年間、私の中ではその二つの病気が共存していたのだ。
パニック障害は、100人に1,2人が一生のうちに一度は羅患すると言われている。けれど「緘黙パニック」は、一体どれほどの人が経験したことがあるのだろうか。
初めて緘黙パニックが起こった時、私は家族以外に話せる人なんて一人もいなくて、自分の中に迫りくる謎の恐怖や不安と一人で闘った。過呼吸のような状態になるのに、場面緘黙の症状と重なるせいで表には出ない。手は震えるし、頭も真っ白になるのに、誰にも気付いてもらえない。ただひたすら、自分を傷付けた。緘黙状態の私が唯一動かすことができた手首から先。両手を重ね合わせて、手の甲を爪で引っ掻いた。傷付けてしまおう。みみず腫れのような跡ができるたびに、祈るように思っていた。
「誰か、気付いて。誰か、助けて」
あの日、結局誰も気付いてはくれなかった。仕方のないことだ。私だって、何が起きているのかわからなかったのだから。
ただ、あの時に泣くことすらできなかった私が、今も心のどこかにいる気がするのだ。
パニック発作は噴水のように、心と体に突然強烈な反応が起こる。私の場合は、過呼吸と窒息感、手足の震え、痺れ、気が遠くなる感覚が主だった。でも、場面緘黙症はその逆だ。強烈な反応が出て行くための出口が、粘土で埋められていたみたいだった。
この苦しみが、表立って見えたら。何度そう願ったかわからない。
だから場面緘黙症が治り、パニック障害が悪化していく中で、どこか安心してしまった自分もいた。
自分の苦しんできたことに、説明がついた。そして今は、その苦しみを表に出せる。苦しいことを、周囲にちゃんと伝えられる。
こんなことを言ったらダメかもしれないけれど、私はあの時より、今の方がよっぽど楽なのだ。もちろん、死ぬほど苦しい発作や、一生治らないんじゃないかという恐怖、できることが減って行く一方の不安はあるけれど。それに振り回され、日常生活に大きな支障をきたしてしまっているけれど、助けが求められる。それがどれだけ幸せなことなのか。
緘黙パニックは、そんな死ぬほどの恐怖や不安と、自分の内側で、一人で闘うしかなかったのだ。