こころの声を綴って ー場面緘黙症と歩む日々ー

場面緘黙症を含めた不安障害とうつ病、SEKAI NO OWARIについてなどを書いていきます。

救われた音の記憶 #21 『群青』

 こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。

 このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。

 

 今回のゲストは、YOASOBIの『群青』。

 19歳の私から、お便りが届いています。

 

 私にはみんなの「普通」も、何かの「特別」もない。
 ずっとそう思って生きてきました。
 「普通」じゃないことはわかっていた。だからせめて、何かの「特別」がないと、自分には存在価値がないと思っていました。

『周りを見たって 誰と比べたって

 僕にしかできないことはなんだ

 今でも自信なんかない それでも』

『好きなものと向き合うことで

 触れたまだ小さな光

 大丈夫 行こう あとは楽しむだけだ』

 私は文章を書くのが好きで、その行為を愛しているはずなのに、ずっと両想いでいることはできません。そこに懸ける想いが強いほど、失ってしまった時への恐怖が増すのです。

 うつ病に出会ったばかりの頃、私は眠ることができなくなりました。一晩中、ベッドの中で、睡魔を待っていました。でも、目は冴えていく一方で、徐々に世界が明るくなっていくのです。

 ダメだ。今日も眠れなかった。

 そう、項垂れる。眠れなくても、朝は変わらずやって来る。頑張らなければいけない日常は、みんな平等。私は重い身体を引きずって、制服に袖を通すのでした。

 ブログを始めて数か月。栓が閉まったように、全く言葉が出てこなくなる時があります。どんなにあがいても、進まない現実。それはまるで、眠れないあの日々のようでした。

『好きなものと向き合うこと

 今だって怖いことだけど

 もう今はあの日の透明な僕じゃない』

 それでも今の私は、ちゃんとここに存在している。

 10年間、私はずっと泣いていました。「人間になりたい」と。「透明人間は、もう嫌だ」と。話せない私は、周りからしてみれば意思がないも同然で、一人だけ存在を忘れられることばかりで、「私はちゃんと周りから見えているのかな」と本気で思っていました。

 でも、今は、あの日の透明な私じゃない。
 誰にも見えないと思っていた私にも、確かに輪郭があった。
 私はここにいると、声を上げよう。
 だってここにいるのは、

『ありのままのかけがえの無い僕だ』から。

 

 私は10代のうちに、この曲に出会えてよかったです。

 

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