
こんにちは。架空のラジオ番組、「救われた音の記憶」のお時間です。
このコーナーでは、毎回一つ、私が様々な病と闘う中で出会い、救われた楽曲などを紹介します。
今回のゲストは、YOASOBIの『群青』。
19歳の私から、お便りが届いています。
私にはみんなの「普通」も、何かの「特別」もない。
ずっとそう思って生きてきました。
「普通」じゃないことはわかっていた。だからせめて、何かの「特別」がないと、自分には存在価値がないと思っていました。『周りを見たって 誰と比べたって
僕にしかできないことはなんだ
今でも自信なんかない それでも』
『好きなものと向き合うことで
触れたまだ小さな光
大丈夫 行こう あとは楽しむだけだ』
私は文章を書くのが好きで、その行為を愛しているはずなのに、ずっと両想いでいることはできません。そこに懸ける想いが強いほど、失ってしまった時への恐怖が増すのです。
うつ病に出会ったばかりの頃、私は眠ることができなくなりました。一晩中、ベッドの中で、睡魔を待っていました。でも、目は冴えていく一方で、徐々に世界が明るくなっていくのです。
ダメだ。今日も眠れなかった。
そう、項垂れる。眠れなくても、朝は変わらずやって来る。頑張らなければいけない日常は、みんな平等。私は重い身体を引きずって、制服に袖を通すのでした。
ブログを始めて数か月。栓が閉まったように、全く言葉が出てこなくなる時があります。どんなにあがいても、進まない現実。それはまるで、眠れないあの日々のようでした。
『好きなものと向き合うこと
今だって怖いことだけど
もう今はあの日の透明な僕じゃない』
それでも今の私は、ちゃんとここに存在している。
10年間、私はずっと泣いていました。「人間になりたい」と。「透明人間は、もう嫌だ」と。話せない私は、周りからしてみれば意思がないも同然で、一人だけ存在を忘れられることばかりで、「私はちゃんと周りから見えているのかな」と本気で思っていました。
でも、今は、あの日の透明な私じゃない。
誰にも見えないと思っていた私にも、確かに輪郭があった。
私はここにいると、声を上げよう。
だってここにいるのは、『ありのままのかけがえの無い僕だ』から。
私は10代のうちに、この曲に出会えてよかったです。